3. 選択素性

ここからようやくHPSGの仕組みそのものの話になるわけですが、理解をスムーズにしてもらうために、覚えておけば便利なターミノロジー、および素性名を紹介しておきます。
[補語(complement)]
英語でならったSVOCのCのことじゃなくて、主辞がとることができる句、単語のこと。つまり、SVOCの表記なら、主辞はVになって、残りのS,O,Cが補語ということになる。
[下位範疇化(subcategorization)]
主辞が補語と結合して、より大きな句を作ること。例えば、動詞は、目的語をとって動詞句になるようなこと。
[主格(nominative)]
ひらたくいえばSVOCのSである。
[対格(accusative)]
ひらたくいえばSVOCのOである。
[指定部(specifier)]
countableな単数の名詞が手前にもつべき単語、句。例えば、dogはdogの前にtheや、a、my、theirといった単語がこないと非文になる。そういうtheやaのことを指定部という。
[N]
名詞(noun)のこと
[V]
動詞(verb)のこと
[A]
形容詞(adjective)のこと
[P]
前置詞(preposition)のこと
[S]
文(sentence)のこと
[NP]
名詞句(noun phrase)のこと
[VP]
動詞句(verb phrase)のこと
[AP]
形容詞句(adjective phrase)のこと
[PP]
前置詞句(prepositional phrase)のこと
続いて素性名についてですが、
[PHON]
音韻(phonology)をあらわす素性。文にあらわれる単語そのものと思えばよい。
[SYNSEM]
syntax and semanticsのこと。HPSGは昔、SYNという素性とSEMという素性に別れていましたが、最近はこれがくっついてSYNSEMという一つの素性になりました。
[NONLOCAL]
文中において遠い関係をあらわす情報を格納する。例えば、英語においてbook which I readという名詞句があったとき、このbookというのは I readの目的語になるわけですが、この book と I read の目的語が入るべき位置とはちょっと遠い関係にある。こういう関係の情報を格納する素性。
[LOCAL]
NONLOCALに対して、比較的、局所的な情報を格納しているが、基本的にはここには単語、句に関する全ての情報が書かれていて、NONLOCALを通して単語の情報が遠いところにまで輸出される、と考えるとよいだろう。
[CATEGORY]
CATとよく省略して書かれる。これは日本語では範疇と呼ばれている。この素性に属する素性構造によって、性、数、格、人称、時制、相、法、態、定不定、可算不可算などの情報が記述される。CFGでいうところの非終端記号を表している素性構造と思えばよい。
[HEAD]
主辞に関する情報が入っている素性。重要な役割を果たす素性です。
[DTRS]
daughtersの略。言語学においては何故かノードの親子関係を「parent, child」と呼ばず、「mother, daughter」と呼ぶ。ここに属する値としてはHEAD_DTRとかSUBJ_DTRといった素性をもつ素性構造があり、ここに子供の素性構造を格納することにより、構文木を記述する
つづいて構文木を作るのに関わる重要な素性について説明します。基本となるのは、 ということが書かれている素性なのですが、こういう素性のことを選択素性(selecting feature)と呼びます。それらのうち、下位範疇化に関する素性のことをHPSGではvalence featureと呼び、それらはSUBJ, COMPS, SPRの3つです。これらは、SYNSEM|LOCAL|CAT|VALの下にあります。つまり、このVALにはvalenceというsortが入るのですが、このvalenceが持ち得る素性はSUBJ,COMPS, SPR(主語、補語、指定詞)になっていて、各素性はリストを値としてとることができます。リストの要素は主辞によって下位範疇化されうる素性構造であり、主辞が下位範疇化した要素を抜いたリストが親のvalence featureのリストになります。例えば、givesという単語は次のような選択素性、および値をもっています。
gives の素性構造
ここで、NP[nom][3rd,sing]とは次の略記をあらわしています。ちなみにnomというのは主格(nominative)を表していて、accというのは対格(accusative)、singというのは単数(singular)を表しています。また、単数に対して、複数にはplu(plural)というsortがあります。
NP[nom][3rd,sing]の素性構造
つまり、givesは主語としてNP[nom][3rd,sing]をとり、目的語として、NP[acc]とNP[acc]の二つをとる、ということを意味しています。すなわち、パーズするときには、このSUBJ,COMPSの要素と補語を単一化して、単一化に成功するならば、このgivesとその補語を子供として新たに親をつくるということをすればよい、ということになります。このgivesを用いて、 he gives her a gift. という文をボトムアップにパーズしたら、この選択素性の値がどうなるかみてみましょう。

he gives her a gift のパーズ過程(1)
a giftの部分は主辞giftが補語であるaをとって、a giftという名詞句になったとすると、上記のように単語が並びます。

he gives her a gift のパーズ過程(2)
つづいて、主辞であるgivesがherをとってより大きな句を作っていくのですが、まず、givesがherをとれるかというチェックはCOMPSの第一要素とherに対応する素性構造が単一化可能かということによってチェックされ、実際、単一化可能なら単一化してしまいます。 COMPSの要素に記されている構造共有のタグがそれをあらわしています。単一化されることによって、herという単語はaccusativeであるという情報がherの上に書かれてあるNPに付与されていることがわかります。

he gives her a gift のパーズ過程(3)
つづいて、a giftを主辞であるgives herがとって、さらに大きな句を作ります。

he gives her a gift のパーズ過程(4)
最後に主語をとって文全体をなす構文木が完成します。

このようにしてパーズが行われていくのですが、COMPSやSUBJの要素を他の素性構造と単一化させるということや下位範疇化された要素をリストから抜いて親に伝えるということはどうやってやるのでしょう。パーザーを書く人がどこそこを単一化してこういう親を作るというプログラムを書くのでしょうか?

HPSGではこういう構文木を作るときに、どことどこを単一化させて親を作るかということを文法の一つとしてやはり素性構造で表現します。その素性構造のことをHPSGではスキーマと呼んでいます。


HPSG入門

2. 素性構造

4. スキーマ


HPSG入門

二宮 崇 & 坂尾 要祐